Hiro's Jazz-Live Updated
Date: 2008-04-28 (Mon)
[CURRENT TOPICS] ☆Hiro川島が音楽監督を務めた長編映画 「Little Tear〜蟻の涙」(陣ヶ尾達也 監督作品)が完成しました! トレーラーはこちら→ http://www.jamsbeat.com/
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ [Hiro Kawashima Live Schedule] Love Notesと平行して行っている Hiro川島のソロ活動のジャズ・ライブです。 毎回素敵なミュージシャンと共演します。皆様のお越しを心よりお待ちしています!!
☆5月18日(日) [サンデー・ジャム・セッション] 表参道 Jazz−Bird(ジャズ・バード) Hiro川島が開催するジャム・セッション!! ホスト・バンド: Hiro川島+清文江(Pf)蛯子健太郎(B) http://www2.ttcn.ne.jp/~jazzbird/ OPEN:18:00pm セッション時間:19:00〜22:30pm 詳しくは・・・http://www2.ttcn.ne.jp/~jazzbird/info/jam_info.htm ジャズを演奏する方、目指す方、楽器を持ってお集まりください! JAMセッションに関するエッセイ↓UPしました!!
☆5月29日(木)[LOVE NOTES] ラブ・ノーツ・ライブ 03−5474−1395(STB139) http://stb139.co.jp/ 恒例のSTBラブノーツ・ライブです。 ご予約はお早めに!!詳しくはLive−Info.にて
☆5月30日(金) [Hiro川島Group] Live 8:00pm-3Sets 表参道 Jazz−Bird(ジャズ・バード) http://www2.ttcn.ne.jp/~jazzbird/ Hiro川島(Tp&Vo)栗本修(P)中津裕子(B) 5月はレギュラー・ライブが30日(金)に変更です。 皆様のお越しをお待ちしております。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
[PUBLICITY] ★PRODUCED&DIRECTED by Hiro川島 絶賛されたTV番組「Jazz-Love Notes」シーズン1を編集した DVD3部作「ALBUM」「ALBUMU」&「CHRISTMAS」が、 3DVDパッケージとなって完全限定で"Re"・リリース決定!! ユニット・ラブ・ノーツの記念碑的映像作品です!! 詳しくは http://www.lovenotesjoy.com/works
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日曜日はジャムセッションに行こう!!#1
Date: 2008-03-10 (Mon)
表参道のジャズバードで毎月1回日曜日にジャム・セッションを開催することにした。ジャズバードはアクセスもいいし、若い人達がひしめく大通りからちょっと入ったロケーションもいい。1人で参加も勿論OKだが、彼氏や彼女を連れて来たって恥ずかしくない店だし、楽器を演奏するお父さんが家族と一緒に日曜日の締めくくりをジャムセッションで過ごすっていうのも楽しいんじゃないか・・・と思った。
考えてみると、僕の半生はまさにジャムセッション人生だった。学生時代にイギリスのケンブリッジにいた時に、駅前のパブで連日繰り広げられていたジャズのセッションに参加したのがきっかけで、何でも機会があれば楽器を持って出掛けるのが習慣になった。特に僕の場合は卒業後長く会社に勤めていたからこのセミプロの期間にいろいろな場所でジャムに参加する事で演奏の機会を得て来た。担当が航空会社で出張が多かったことも、まあラッキーだった。
日本の各地は勿論だが、仕事が国際線の宣伝担当になってからは世界中でセッションに参加したものだ。ロンドン、チューリッヒ、バルセロナ、セビリア、NY、LA、SF、メキシコ・シティ、ジャマイカのホテルでも演ったなぁ。東南アジアも香港、マニラ、ジャカルタなどなど。シンガポールなどは良いジャズクラブがいくつかあって、今でも行くと必ずジャムに参加する。
そもそもラッパという楽器はある程度腕が上がらないとなかなか一緒に演奏してくれる人がいないものだし、反面出来る限りいろいろな人達と実際に演奏する事が上達の鍵であることは間違いの無いことだ。だから僕はどこであれ行く先々でジャズを演奏しているバンドがあれば、ちょっと勇気を出して自己紹介をして一緒に演奏をさせてもらったものだ。ま、これもジャムセッションの一つである。そして、まだろくにジャズを吹けないレベルの僕を温かく迎えてくれた多くのプレイヤー達や、何よりもセッションの場がジャズという音楽の本質、楽しさ等多くの事を教えてくれたと今あらためて思う。
どんな楽器でもボーカルでも、一度始めてジャズに興味を持った人は是非ライフ・ワークとして続けてほしい。ジャズという音楽はとても奥深い。例えばスタンダードの名曲の美しさや魅力を心から理解して、更に自分の個性で音楽に表現するわけだから、自分の人間的な成長だって音にそのまま反映してくる。だからジャズを演ろう、と決心したってそもそも数年のキャリアでマスターなどできるものではなくて、むしろ一生のテーマだ、と僕は思っている。
何事も遅すぎるということはない。楽器の難度にもよるだろうが、技術の方は本当に好きでいつも触れていればいつしか楽器の方から心を開いてくれるものだ。今はいろいろ便利な教材も出ているから、今から始めたって10年後には立派な10年選手なのだ。ましてやスポーツではないのだから、体力などはあまり気にする必要もない。楽器の技術が先か、美的価値観の成育が先か、それは人それぞれというものだ。
自分が表現したい音ができあがってきて、いつしか自分の楽器がその音を語り始めた時は、それが何歳であれ何にも換え難い喜びであり、それがまた更に音楽に取り組むモチベーションを与えてくれることだろう。1人ではなかなか成し得ない事も、ジャムセッションという場がそれを実現してくれる鍵になるかもしれない。少なくとも僕にとってはそうだった。
「ジャズこそは20世紀の人類が産んだ最高のアート・フォーム」と誰かが言ったが、時代は既に21世紀。ジャズという音楽が特に注目を浴びているとは言えない。しかしこの音楽の持つ即興性やコスモポリタニズムといった普遍的な価値は、人が更にステップ・アップする為の大切なエレメントを有している。他のプレイヤーと共鳴したり、スリリングなリズムに乗ってみたり・・・これは他人の演奏を聴くことも勿論楽しいが、演る事はもっと楽しいものだ。そして自ら演る事によって他人の演奏を聴く事がもっと楽しくなるのだ。
☆☆ Jazz-Bird Sunday Jam のお知らせ ☆☆ ♪レギュラー・ホスト・バンド Hiro川島(Tp) 橋本啓一(Pf) 蛯子健太郎(B) ♪開催は毎月1回日曜日=Hiro川島のLiveスケジュール↑をチェック! (暫定的に第3または第4の日曜日に開催予定ですが、変更もあります) OPEN:18:30pm セッション時間:19:00〜22:30pm ♪セッション形式 楽器奏者中心のジャム・セッションです。セミプロ&プロの方も大歓迎。 聴くだけのお客様も勿論OKです。 ・セッションチャージ1500円+2ドリンク券1,000円=2,500円 ・リスナー/見学チャージ500円+2ドリンク券1,000円=1,500円 ♪初心者の方へ アドバイスが必要な方は気兼ねなくセッション・ホストに聞いて下さい。初心者が演奏の際はホスト・バンドがサポートします。 ♪ボーカルのご参加に関して ポピュラーなジャズ・スタンダードの選曲でご参加ください。基本的には楽器中心のジャムセッションなので常にソロ楽器が加ります。初心者の方との組み合わせもありますので、通常の小節進行でコード付き譜面を複数持参してください。 ♪合言葉:「演奏への拍手はジャムセッションのマナーです!!」
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My Jazz Live Review
Date: 2006-09-07 (Thu)
なんとなく書きたくなったのでレビューを書きます。
☆8月26日(土)[栗本修+Hiro川島] 7:00pm〜7:40pm ベイタウン・ジャズ・ストリート(4時〜イベント開始)
いやー、会場に行ったらな、なんと!僕がパンフの表紙でアセりましたぁ。みんなゴミ箱に捨てないで持って帰ってね〜。それにしても凄い賑わいでしたね。ベイタウンのイベントはとても良いスタッフで、気持ちよく演れました!Thanks!! ↓イベントレポートです http://www.e-enesta.com/ore/flash12/fno227.htm ☆[Hiro川島in Singapore] PartT 8月31日(木)ジャズ@サウスブリッジ Jazz @ Southbridge 82B Boat Quay, Singapore Tel: 6327 4671 / 6327 4672 http://www.southbridgejazz.com.sg/ Aya Sekine(p) Eddie Jensen(b) Tan Boon Gee(ds)+Hiro川島 シンガポールのボート・キーの橋のたもとにあるジャズ・クラブ。 ステージの脇から運河の水面が光るロマンチックなロケーション。 今回もいろんな国籍?というか人種?のお客さんで連日満員でした。 Ayaちゃんはずっとシンガポールに居るご機嫌なピアニストで、 音楽的にも性格的にも相性がいい。このクラブのオーナーの Eddie-Chanはヴィブラフォンを弾くんだけど、この人って谷啓さん にソックリなんだよね。あんた、日本のコメディアンに似て るよー。ところでさ曲はなに演るの?なんてきくと、 JoySpringだのダフードだの面倒な曲ばかり言って来て、 実際演ると、自分が間違えちゃったりするカワイイ人なんだよね。 そんな具合で調子に乗って話してて、後できいたら、な、 なんと!ちゅーごくまふぃあのボスだよって…ゾぉ〜。 でも、結局凄く気に入られて、次はいつ来るんだ?なんて ずっと話してた。それにしてもにてるなぁ。次回は必ず写真 を撮ってこよう。
☆[Hiro川島in Singapore] PartU 9月1日(金)-2日(土) ブルージャズ・カフェ Blu Jaz Cafe 11 Bali Lane Historic Kampong Glam (S) 189848 Tel:6292-3800 Aya Sekine(p)+Hiro川島(Tp+Vo.) シンガポールでお洒落度No.1ジャズ・ミュージック・カフェ ここもピアニストAyaとのDuoで気持ちよく演奏できました。 3回目のステージではB.G.Pf.と続々とミュージシャンが 集まって、賑やかにジャムになったんだけど、とにかく上手い!! センスも良いし、なにより皆んな性格が良いんだよね。 ホントに「一緒に演れる」仲間達でした。
週明けはもう1軒、TommyさんというSingapore屈指の ワインの大家が経営するCafe de Amigoというレストランで これもAyaのバンドで参加して、美味い料理をご馳走になりました。 ここのドラムはハーネスというドイツ人で、彼は昼間はちょっと前 に疑惑で話題になったES細胞の研究をしてる博士で、話した らなかなか面白かった。ブラシの使い方が上手いなかなか良い ドラム・プレイヤーでした。
☆9月7日(木)[Hiro川島Group] Live 8:00pm-3Sets 表参道 Jazz−Bird(ジャズ・バード) 03-5474-2702 http://www2.ttcn.ne.jp/~jazzbird/ Hiro川島(Tp&Vo)橋本啓一(P)松本雄二(B) 海外から帰ってくると日本での演奏がちょっと新鮮に感じる。 ハッシーのピアノも相変わらず落ち着いていて、気持ちよく 演れた。 後半はプロデューサーの佐々さんとスウェーデンから来日し ているVoグループが大挙して遊びに来て、大いに盛り上がり ました。彼らは10月くらいに新作アルバムを日本で出すら しい。なかなか楽しいセッションになりました。
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ラブ・ノーツとOhta-Sanの新作DVDがもうすぐ完成!
Date: 2006-07-30 (Sun)
ウクレレの神様ハーブ・オオタ(オオタ・サン)との新作DVD「Love Notes with Herb Ohta」がようやくMAを終えて最終段階にはいった。 昨年の秋に2週間のロケでオアフとビッグ・アイランドを舞台に、オール・ハイビジョンで撮影したラブ・ノーツ初の長尺映像作品「アイランド・マジック/ラブ・ノーツ」からオオタ・サンとのジャズ・セッションとインタビュー・シーンを完全版で編集したものだ。 ラブ・ノーツの作品を昔から聴いて頂いている方はご存知のことと思うが、我々とオータ・サンの付き合いは長い。あるレコード会社の企画でオータ・サンのハワイのバンドに井上真紀が加わって「プア・オレナ」というCDを製作したのだが、その時のディレクションを僕がやったのがきっかけで付き合いが始まったのだ。それが9年前。以来不定期ながらハワイに行く度にオータ・サンを訪ね、セッションを重ねるうちにラブ・ノーツのCDアルバムに加わってもらったり、昨年は僕の初のソロ・アルバム「WAVE」をオータサンとのデュオで作らせてもらった。オータ・サンの魅力は限られた中ではとても語りつくせない。ハワイアンやポップスは勿論だが、バッハの演奏も有名だし、何といってもチャーリー・パーカー直系のビ・バップ・フレーズをあの小さなウクレレから叩き出すジャズ・ウクレレの名人であることは周知の事実だ。しかし、その中でも僕が本当に彼の虜になったのは、クリスタルのように透明でプリミティブな彼のウクレレ独特のサウンドの中に時折みせる「ブルース・フィーリング」のセンスなのだ。このブルース・フィーリングというのは、必ずしも3度や7度をフラットしたりブルースの音階を使う、ということだけではなくて、むしろジャズにおける感情表現ということだ。マイルズにしろビル・エヴァンスにしろ、モダンジャズの巨人はそれぞれの楽器の固有のブルース・フィーリング=感情表現というものを自分の演奏に明確に提示したイノベイターなのだ。このDVDのセッションでオータ・サンは実にさりげなく最高に美しいウクレレの演奏を聴かせ、まさに彼がその偉大なるイノベーターの一人であることを証明してくれた。また、井上真紀とのロング・インタビューでは普段あまり深い議論を好まず、いつも独特の話法ではぐらかしてしまうオータ・サンには珍しく、ウクレレという楽器でジャズを演奏することの素晴らしさ、人々が音楽をジャンルで分けることの無意味さ、更には音楽家になった経緯も含めた自己のバイオグラフィカルな部分までも言及する。これはまさに井上真紀の広範囲な音楽に関する知識の豊富さと、シンプルに見えるが実は考え尽くされた彼女のインタビュー対応のなせる業であった。このDVD、秋には全国発売になる予定だが、8月20日に横須賀のソレイユの丘で開催される「ウクレレ・ピクニック」で何とか数十枚でも早刷り版を発売できるように頑張っている。多分2,000円くらいのとても良心的な価格になると思います。是非1枚どうぞ。
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新宿「J」の思い出
Date: 2006-04-30 (Sun)
1987年6月27日、ここ「J」のステージで私はチェット・ベイカーと並んでトランペットを吹いた。 あの夜、日本での最後のコンサートを終えたその足で「J」に現れたチェットはとても上機嫌だった。運の良いことにチェットのバンド・メンバー達もたまたま「J」に集まってきて、ごく自然にアフターアワーズ・セッションが始まり、結果、来日前は誰も予想をしていなかったチェットの力強くエレガントなトランペットと味わい深いボーカルは、あの時偶然「J」に居合わせた全員を魅了した。 3曲ほど終わった時、チェットは私をステージに呼び上げた。「ブルースより少しだけ明るい感じで行こうぜ…」そんなチェットの一言で始まった曲はH.モブレイの「ファンク・イン・ディープ・フリーズ」だった。 今だから言えるが、あの時本当は簡単なブルースを演る筈だった。ところがいざ始まってみると、チェットは突然、ブルースではなく何度も転調のある36小節のバップ・チューンに曲を変えたのだった。私はチェットが吹きはじめたメロディを必死に追いかけながら、内心このセッションに安易に挑んでしまった自分を悔いていた。延々と続く8バースのトランペット・バトルの間、私は細かいコードの流れさえも掴めぬまま、チェットのラッパから溢れ出るビッグ・トーンに負けまいと、ただ自分の楽器を吹き鳴らすより術がなかった…。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ あれから19年が経った。あの来日から1年を経ずしてチェットはこの世を去り、その後NYで出版された彼の伝記「終わりなき闇/チェット・ベイカーのすべて」の邦訳版もようやく今春日本で発刊された。全500ページにわたるその分厚い本の冒頭で、著者ジェームス・ギャビンは私の名を挙げ、日本人のトランペッターヒロ・カワシマは「チェットは僕にとって"仏陀"のような存在だった」と語った、と書いている。実のところ、私はそんなコメントを発言した覚えはない。おおかたチェットの周りの人間があの来日時を回想してチェットと僕の間柄をそんな言葉で表現したのだろう。 しかし、その後に続く「いわゆる人生の師としてチェットを尊敬していた」というくだりは間違ってはいない。なぜなら、チェットとの出逢いが私に遺してくれた素晴らしい経験の数々は、結果的にその後の私の人生を大きく変えてしまったからだ。そのひとつがあの夜の「J」でのトランペット・バトルであることは言うまでもない。 正直なところあれは当時の私の技術からして「無謀」としか言いようのない演奏だった。しかし後になって、あの時一緒に演奏したメンバーがオランダから電話をくれて「あの時のチェットと君の演奏はまさに固い絆で繋がれた師弟同士だった。俺は正直、胸が熱くなったよ…」と言ってくれたのだ。 私はその一言をきっかけに、あの時「J」の店内カメラが偶然捉えていたセッションのVTR映像をもう一度冷静に見直してみることにした。あらためて観てみれば、そこには白熱するトランペットバトルの最中、終始私の吹く音に反応し、そして時に私を気遣うチェットの姿が映っていた。彼の様子は気取りがなく、その屈託の無さはまるで20代の若者のようだった。 それは言い換えれば、まるで50年代のL.A.のハーモサ・ビーチで毎晩のように繰り広げられた"かつて"のチェット達…まさにウエスト・コースト派の歴史的ジャム・セッションに、あの晩「J」に居合わせた全員が、そろって彼のマジックによって一瞬タイム・トリップしてしまった…とでも言うべきまさに「夢」のような瞬間だった。 私はその後このセッションの映像を自分のバンド「ラブ・ノーツ」のDVD作品「ALBUM-1」に収録しリリースした。なぜならただでさえ少ないチェットの映像の中でも、これほど彼が"幸せそう"に振舞う映像はどこを探しても他に見つからない。ドラッグ漬けになったチェットしか知らない世界中の人達に是非この日のチェットを観てもらいたかったのだ。 「J」は私にとって一生忘れることの出来ない思い出を作ってくれた大切な場所。多分これからもこのステージに立つたびに私は自分の隣にチェットの波動を感じずにはいられないだろう。(ヒロ川島)
☆このエッセイは「J」新聞2006年5月号に掲載されたものに加筆したものです。
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チェットの伝記「終わりなき闇」を読んで。
Date: 2006-01-25 (Wed)
NYのジェームス・ギャビンという作家が書いたチェットの長編の伝記「Deep in a Dream」の邦訳版が発刊される。 実は以前ハワイ島コナの本屋でボクはこの原書をみつけた。何気に立ち読みをしていたら、冒頭のプロローグでいきなり自分の名前が出てきてびっくり。で、今回邦訳版が出るということで日本の出版社が「Hiroさんの事、載ってますよね」と発売前に本を送ってくれたのだ。 既に原書は読んでいたので、大体の内容は知っていたが、500ページにわたる立派な本の内容は一生のほとんどを麻薬とともに過ごしたチェットの悲惨な生活の描写である。 あらためて読んでみても、よくもまあここまで徹底して周りの人間を裏切り、傷つけ、身勝手な生き方をしたものだ、と思わず絶句してしまう。まさに"めちゃくちゃ"な人生だ。 訳者も"あとがき"で「この本と約3年間格闘するうちに、私はどんどんチェット・ベイカーという人間が嫌いになっていった」と書いている。まあ、確かにチェットの音楽の"大ファン"というわけではない方が、ここに書かれている事だけを見れば誰だって思わず「胸が悪く」なるだろう。この訳者の方には心から同情する。 しかし、それでもこの本をなんとか読み進むと、我々日本人のチェット・ファンにとっては少しだけ救われた気分になる事実も見えてくる。それは、延々と続く晩年の陰鬱な人生の中で唯一チェットが光り輝く瞬間こそが日本の演奏ツアーの時だったということだ。 チェットは一番好きなヤクを「絶ってでも」日本にどうしても来たかったらしい。来日が決まった時などは、周りの友人達に「俺は日本に行くんだ」と言いふらしていたという。 そして実現した2回の日本滞在中チェットは終始"ご機嫌"だった。例えばこの頃のチェットはトランペットの演奏がどんどん内向的になっていた時期なのだが、あの晩のボクとのトランペット・バトルでみせた彼のまさにエキサイティングな演奏や、ステージでふと見せた無邪気ともいえる様子は、ボクも含めてあそこに集まった誰もがチェットと一緒にかつてのハーモサ・ビーチのセッションに一瞬フラッシュバックしたかの様な錯覚を覚えさせた。そんな"ドラッグ・フリー"の状態でなければ放ち得ないチェットの輝くオーラに直接触れることが、どれだけ貴重な事だったかが、この本を読み進むうちに解ってくるのだ。 それにしても、チェットが最後にみせた溌剌とした姿と音を真近かに体験出来たのが、アメリカでもヨーロッパでもなく、東の果ての日本のオーディエンスだったなんて・・・なんと皮肉な話だろう。 だからこの本の中でも、ほとんどのチェットの周りの人間がチェットを「人間のクズ」と言い切っている中でボクだけが「人生の師として尊敬してました…」などと言っているわけで、そこだけ読んだ人は日本には何ともおめでたい奴がいたもんだ、と思うんだろーなぁ。 で、全部読み終わって、これはブルース・ウェバーの映画「Let's Get Lost」にも言える事だけど、ボクは「みんな!もっとチェットの音楽をちゃんと聴いてよっ」て叫びたくなった。 勿論、この本の中ではチェットの音楽を取り上げて安易に評論・描写し過ぎていない部分に、かえって私は好感を覚えるのだが、でも出来れば読者はチェットの音楽に一度でも何かを「感じて」から、彼の数奇な人生を鑑賞して欲しい、と心からそう思うのだ。私は断言する。チェット・ベイカーの本質はその音の中にある!! ジャズという音楽が凄いのは、一人の人間のいかなる「感情」もジャズという形で演奏されれば、それは瞬時に次元を超えたニュートラルな「波動」に変換されてしまうところだろう。例えばそれが人種に関する何世代にも渡る忌まわしい怨念だろうが、またはスタンダード・ソングに歌われた乙女のたわいの無い恋心だろうが、はたまたチェットの自由奔放な生き方であろうが、それがネガティブかポジティブかにかかわらず、ひとりの奏者の楽器をとおして一たび「メロディ」という形で放出されれば、結局は「美しいか」「そうでないか」のどちらかなのだ。 人を観察するのに、その人の社会における生活態度と、自らが紡ぎだすメロディとどちらが純粋な「秤」になるんだろうか・・・と考えると、、、ボクは絶対に後者だと思う。ジャズのアートとしての価値ってそういうものだ。
いずれにしてもこの本、膨大な情報がよくまとめられているだけでなく邦訳も的確で、これまで出たどのチェットに関する文献よりも興味深く、少なくともボクは充分に楽しませてもらった。B.ウェバーの「Let's Get Lost」の製作に関してもかなり詳しく書かれているし、また「ラブ・ノーツ」がチェットの最晩年に彼が新しく作ろうとしていたバンド名で、それを彼が日本でほのめかした(ま、そこにボクが居合わせたわけです)という事実にも触れている。 今月末には店頭に並ぶらしいのでチェットの音楽に感じた方は是非手にとってみてください。 「終わりなき闇/チェット・ベイカーのすべて」ジェームス・ギャビン著・鈴木玲子訳 河出書房新社刊 税別3,900円
P.S. この本を読む前にまずチェットの音楽を聴いてみたいと思う方の為に、100枚を超えるチェットの作品の中から初期とカムバック後のそれぞれの代表的作品を記しておきます。 ☆1950年代 Chet Baker Sings(Pacific Jazz)チェットベイカー・シングズ Chet Baker Sings and Plays(Pacific Jazz)シングズ・アンド・プレイズ ☆1970年代 She was too good to me/Chet Baker(CTI)邦題「枯葉/チェット・ベイカー」 Concierto/Jim Hall(CTI)邦題「アランフェス協奏曲/ジム・ホール」
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チェットの誕生日に思うこと。
Date: 2005-12-24 (Sat)
ここ数ヶ月の間に起きた社会問題的な事件、耐震偽装マンションや株の発注ミスに乗じて証券会社の得た利益の問題などは、その当事者の根本行動にある種共通の意識があって、会社の利益追求に従するというこれまで「正しい」と思われていたサラリーマンの原理が既に立ち行かない時期まで来ているという事を強く感じさせてくれる事件だったと思う。 アメリカがやらかした「戦争」という行為もまた、お互いの「正義」や「宗教」が対立して起こるいわば「正しい」同士の戦いであり、「正しい」と「正しい」が対立して、とんでもない「誤り」を産み出す実に皮肉な事態となっている。元々はアフガニスタンへの報復(?)として勃発したイラクに対する攻撃の結果として今アメリカの言うところの「正しかった」といわれる成果は、今のアメリカの「戦争景気」くらいじゃない。たったこれだけの資本主義的「正しかった=利益」を生み出す為に、数え切れない程の命を失い数え切れない人達が耐えられない悲しみに打ちひしがれた。 それが「月」はおろか「火星」や「金星」にまで足を伸ばそうというテクノ・スフィアを築き上げてきた人類の「正しい」選択だというのか。 僕はこの10年(まだ会社という組織の中で働いていた時も…)くらいの間ずーっと、そんな(当時はまだインビジブルな)矛盾に問題意識を抱いていたけど、今年は様々な事件の露呈からそのような事柄についてようやく自分にとって一つの「結論」らしきものにたどり着けた「ターニングポイント」とも言うべき年だったかもしれない。 その結論とは、要は、人は「正しい」ではなく「美しく」あるべきだ。という事。自分なりの「美の価値観」をしっかり育てておかないと「正しい」か「そうでない」かの自分の確信さえ持てない、そんな厳しい時代になりそうな気がする。ものごと全てに於いて「それが美しい事か、そうでないか」の独自の判断基準が求められる時代はそう遠くはない。先日催した「Time is Art」というイベントでホゼ・アグエイアスが壇上で語った控えめでしかし明確な2012への予言も僕の心に深く響いた。 毎年僕は12月23日のチェットの誕生日には、年に一度だけチェットの形見のトランペットを持ち出してライブで吹くことにしている。今日も表参道のスタジオ・シュロスで催されたクリスマス・ライブでチェットの楽器を吹いてきた。 その音楽から「美」という意味を教えてくれ、その死をもって私にラブ・ノーツというユニットを結成させてくれた音楽上の父親に「Thanks!」と心で語りながら・・・。
以下-最近の追記 最近は、やれ「美しい国」だの「美しい時代」だの、「美しい」という言葉が大はやりだけど、これって一見カッコいい標語だけど、結局何も言っちゃいないんじゃないか、と思うことがある。そもそも「美」を自分の外側に置いちゃ駄目なんだよ。「美」を国や時代に責任転嫁しちゃ何の意味もないじゃない?今、人達が考える「美」ってそれぞれだよね。咲き誇った花を「美しい」という人から、花が咲く前の蕾を「美しい」という人もいる。枯れてゆく花にこそ「真の美」があるといって譲らない人だっている。本来的に人間は人それぞれが「美の価値観」を持つ事が許されている唯一の種なのだ。今の時代は、人達が少しでも多くの「美」に触れて、美的価値観を高めて、それぞれが自分自身の信じる「美」を具体的行動に示す為に「修練」しながら育てる時だとぼくは考えている。化粧品の販促のレベルならともかく、「美」という言葉を「国」や「グループ企業」がまるで自分達の「美的価値観」を表明するようにキャンペーンに使うと、ボクには、さも慈悲深げなトーンはもってはいるが、でもやっぱり、安っぽい飾り言葉にしか聞こえてこない。「美」っていう言葉はさ、一人一人の人間のココロの中に行動の基準としてあるべきコトノハなんだよ。だからいずれ多くの人達が真面目に「修練」して、自分の「美」を様々に行動に反映し始める時がもしも来たならば、その時、国でも時代でもいいけど世の中はしなやかに美しくなって行くのだと思う。自身の「美」ってカンジで書くと躾(しつけ)じゃない。そもそも「躾」がなってなきゃ、何やっても駄目だよ。オトナも子供も・・・。今からでも全然遅くないから、大人たちは「便利」とか「IT」とかはもう解ったからさ・・・そろそろ卒業して、もっともっとたくさんの「本来の美」に自分から触れて美的価値観を高めて「修練」を積んで自分自身の「美」を育ててみたらどうだろう。ボクもいつからかそんな事を考え始めて、自分なりの第2の人生を歩んでいるところだ。今は世の中にとても美しいとはいえない物事やメッキの剥げた不条理がたくさんあるから、その分「本当の美」を自分の中に見つけることはそれ程困難な事じゃない。そして、無尽蔵に広がるくだらないマスコミやITに名を借りた子供を食いものにする輩がのさばるゴミタメから子供達を一刻も早く救い出さねばならない。情報社会と集合意識を混同してはいけない。情報社会は金とエゴが作り出す虚像。集合意識は自分本来の心の故郷だ。子供達に、人生とは「美しい自分」に向かう自らの「修練」の「旅」なのだという摂理。生きてゆく力は自分の外にあるものではなく、唯一自分の内側に存在するものなのだということ。それを絶やさず伝えて行こう。そうすればこれからの近未来に、我々が地球において果たさねばならない新しい役割のアジェンダも、少しずつ見えてくるんじゃないだろうか?
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Time Is ART ラブノ・ーツ コンサート
Date: 2005-11-11 (Fri)
この地球上における人間本来の役割とは、人生の刹那で出来るだけの「美」を感じとり、そしていつしか全ての人間が「自らの美」を放つことだと私は信じています。 あらゆる「美」を感じて、それぞれが「美的価値観」を育て、お互い少しずつ「美の本質」に近づいてゆきましょう。一人一人の人間が、人生の限られた時間を「美」を体験し「美」を放つことに費やす生活。「時は金なり」の時代から「時はアートへ」の時代へ。 音楽を通したコミュニケーションは国境・宗教・イデオロギーを越えて響き合います。 ラブ・ノーツが11月28日(月)この「Time is Art」というテーマに共鳴して目黒パーシモン大ホールでライブ・コンサートを行います。また、今回 は古代マヤ暦の研究者でもあるホゼ・アグエイアス氏の来日にちなんで行われる1日イベントで、午後2時からはホゼ氏本人他の講演会も予定されています(そちらも参加希望の方はお申し込み時にその旨お申しつけ下さい)。今回は「音楽」を通して皆さんと共鳴できることをメンバー一同楽しみにしています。詳しくはライブ・インフォをご覧下さい。Hiro川島 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 11月28日にお集まり頂きました皆様。本当にありがとうございました。ホゼの話もとても興味深かったですね。 大きい会場にも関わらず、多くの方に集まって頂き共鳴できたことを心から嬉しく思います。12月もライブがありますので、皆様、是非お越しください。お待ちしております!Hiro
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My Note
Date: 2005-10-02 (Sun)
My Note #1[ブルース・ウェバーとナン・ブッシュ] 先日9月15日、写真家ブルース・ウェバーの初来日と彼のミュージアムのオープンを記念して開催されたレセプションに行ってきた。 僕らはちょうどその日六本木のグランド・ハイアットでライブの仕事が入っていて、リハーサルの合間に抜け出して、1時間の内に戻らねばならず、かなりタイトではあったが、今回はブルースと相棒のナン・ブッシュも同行すると聞いていたので、このチャンスを逃す事はできまいと、井上真紀と2人クルマで表参道に向かった。 会場に着くといきなりレッド・カーペットで凄いカメラ取材陣。まあ、何ともクサい演出で正直ちょっとひいてしまったが、シャンパンを渡されて中にはいると・・・ほぼ満杯の会場なのに、ブルース・ウェバーとナン・ブッシュは2人でぽつん。先に200人近くも入っているのに誰も2人に声もかけることなく、皆、遠巻きで2人を見てるんですな。これはラッキーとばかりに歩み寄り、ご挨拶。チェット・ベイカーとのこと、映画のこと、そして彼らはチェットが亡くなる直前にLove Notesというバンドを新たにやろうとしていたことも知っているから、我々がそれを引き継いで「ラブ・ノーツ」というグループを組んでいる事などを話して、最後に、サインでも貰おうかと持ってきた17年前にLAの本屋で見つけた映画「Lets get lost」の写真集を見せると「あなたこれ2冊も持ってるの?この写真集は私たちの所にももう残っていないのよ」とナン。僕らが話しかけたのがきっかけで、一緒にスナップを撮ろうという人達が殺到しはじめ、もみくちゃにされながらも、ブルースは彼らを制して僕らと会話を続けてくれた。そして、何よりも僕が持ってきた写真集に嬉しそうにサインをする姿に、私はチェットが信じた一人の写真家、ブルース・ウェバーの人間性を垣間見たような気がした。
僕がはじめて写真家ブルース・ウェバーのことを知ったのは、1987年。いまから18年前、パリにいるチェットと国際電話で話をしていて、彼自身の半生を描いた映画をブルース・ウェバーとナン・ブッシュというコンビが撮っていることを彼から聞かされたのだ。 ボクは当時広告会社にいたから、ブルース・ウェバーといえばカルバン・クラインの下着のモノクロの写真の人だよね「へえ、モノクロ専門のスチルの写真家がチェットのムービーを撮るのか・・・」と思ったものだった。そんなことからあらためてブルースの写真のイマジネイティヴな魅力に心酔し始めたのもこの時期からだったと思う。 ブルース・ウェバーの監督作品であるチェットの映画「レッツ・ゲット・ロスト」はまさにショッキングなほどに美しい映画だった。ボクは幸運にもこの映画のサウンドトラックCDの日本語版ライナー・ノーツを書くことになり、まだ映画が日本に来るかどうかも決まっていない時点でVTRを現地から直接送ってもらった。自慢ではないが僕と井上真紀は日本でこの映画を観たおそらく初めての日本人だろうと思う。(自慢でした) 映画「レッツ・ゲット・ロスト」はブルースの撮りおろした晩年のチェットのイメージとインタビュー・シーンにビル・クラクストンの撮った20代のチェットのイメージ。それにいくつかの過去の映画のフッテージが組み合わされて、フィクションともノン・フクションともいえない物語が進行して行く。それをチェットのサウンドが終始半透明のマユのように包み込んで、ブルースの撮るスチル写真の様なイマジネイティブな時間がゆっくり経過する。今までに出遭ったどの映画にも無い独特の世界だった。それから1年半ほど後に日本で実際に封切られた時、僕は公開中、毎日欠かさず渋谷の映画館に通った。それまでVTRで何度も繰り返し見ていたから、既に内容は知っていたのだが、独特のモノクロ反転フィルムの質感が映画館のスクリーンで観るとたまらなく美しくて、更に感激したものだ。 この映画の編集が完成に近づいていたころ、88年の春に私はチェット・ベイカーから愛用のトランペットを譲り受け、まるで音楽上の父親を敬うような気持ちで3日に1度は電話でパリにいるチェットと連絡を取り合っていた。その時チェットはブルース・ウェバーに最高に贅沢で美しい映画を撮ってもらったことで、電話口の声も心なしか嬉しそうだった。しかしその数十日後、事もあろうに自分が主役の映画のNYプレミア試写の当日に、チェット自身はアムステルダムで謎の死を遂げてしまった。こんな皮肉ってあるだろうか・・・。あまりにも唐突な出来事を僕自身もオンタイムに体験して、あの時期の僕はまさに何かにとり憑かれたような状態になっていて…とにかく毎日チェットが主役のこの映画の事ばかり考えていた。 公開前に試写を見て日本版の字幕があまりにもいい加減な和訳で「これじゃ映画が台無しだ」と日本の配給会社の担当と電話で怒鳴り合い、それでも埒が開かないのでブルース本人に直接手紙を送った。それが原因で遂にはその担当者が僕のオフィスに怒鳴り込んできて、もう少しで取っ組み合いのケンカになるところまでエキサイト…そんな具合だ。結果その和訳は、おおよそ満点には程遠いがあれより少しはマシになったようだから、まあ、全く無駄だったともいえないが…。
僕の思うブルース・ウェバーの凄いところは、その写真もさることながら彼の作品のユニークな構成法だ。彼は、50−60年代のウエストコースト・ジャズが大好きで、無類の犬好き。自然と動物を愛し、平和を望み、手作りに拘る。モデルに関しても、最近のデジタルの黒魔術によってクラゲのようになった肉体には目もくれず、かつてのアメリカのフロンティア精神を象徴するようなマッチョでセクシーな人間だけを題材に選び、それら全てを2次元の写真という表現からムービーへ、そして最近はウェバービルトという自分のブランドで手作りのシャツを発表したりしてファッションにまで広げて行く。そして重要なのは、その表現・作品の全部が彼のオリジナルというわけではなく、昔からの彼のお気に入りが様々に混在してコラージュされている点だ。まるで彼の部屋の壁に飾ってある子供の頃からのお気に入りの写真を集めたような写真集、過去のフッテージや歴代のスチルの名作や音楽を巧く利用して新撮とシンクロさせてビニエットのような手法で構成するムービー。ファッションでは、例えばバンダナをそのまま継ぎ合わせてウエスタン・シャツを作りポケットや切り替えしだけをビンテージ・ファブリックにしちゃう、とか…。 人達は誰でもそんなブルースの無邪気なパッチワークのどこかに自分と共鳴する「何か」を見つけて、それをめっぽう気の利いた構成で見せられる度にため息をつき、そして少しづつ自分の「美的価値観」を高めてゆく。僕はこんな彼のやりかたにとても共鳴する。 彼の新作映画である「トゥルーへの手紙」も観たが、これまたなかなか見事なパッチワークで、愛犬「トゥルー」君に語りかけるナレーションと「犬たちの映像」+「反戦メッセージ」+「オール・アメリカン的メンタリティ」がちりばめられたそのストーリーというか内容も興味深いが、むしろその微妙なカメラ目線やちょっとした微妙な影や色の質感に、彼の動物たちへの限りない愛情(…というかCARE..かな)を感じて不覚にも目頭が熱くなってしまう私ではありました。
随分長い文章になってしまったが、実は今回ブルース・ウェバーのレセプションに行った直後に、私がBSでシリーズ放映してきた番組「Jazz-LoveNotesUPasific」が来年の3月まで半年延長して放映される事が決まり、何となくこの番組の事を書きたくなってPCに向かったのだが、今回はその前置きだけで終わってしまった。 番組「Jazz-LoveNotes」はもともとはチェット・ベイカーの生誕70周年を記念して、我々「ラブ・ノーツ」の名付け親でもあるチェットに捧げる2曲位の短いVTRを1本作ろうか、と企画したのが始まりだった。この全編モノクロのジャズ映像がテレビ東京の深夜で初めて放映されてからもう7年近く経つわけだが、僕がこの番組を全編モノクロでスタートしたのには私が「レッツ・ゲット・ロスト」を好きだから、というような単なるエンスージアズムよりも実はもっと大きな別の理由があった。その話は次回にまわすとしよう。(つづく)
My Note #2[Jazz Love Notes] BS日テレで放映している番組「Jazz-LoveNotesUPacific」が再放送される事が決まった。この番組、もともとはボーカルの井上真紀と一緒に、生誕70周年を迎えたチェット・ベイカーに捧げる3曲位スタンダード・ジャズを演奏した映像を製作してみよう、というような軽い気持ちで企画したものだった。それがTVでシリーズ放映されて、今はセカンド・シーズンだから、1話で演奏される曲が平均3曲としてざっと50曲以上収録したことになる。選曲は特にチェットのレパートリーに限らず、むしろメロディや歌詞の内容を重視して僕らの好きな曲を選んで演奏している。 最初のシリーズは「Jazz-LoveNotes Premium」という番組だったが、その演奏シーンは我々の別の映像やモノローグも入れて、「ALBUM」と「ALBUM2」「CHRISTMAS」という3枚のDVDに編集した。結果的にこれらのDVDは、我々ラブ・ノーツのそれまでの歩みを集約したような3部作になった。 現在放映されている「Jazz-LoveNotesUPacific」は、前シリーズの続編という事以上に、撮影が全てハイビジョン・カメラで行われているところに大きな特徴がある。ハイビジョンというと、色彩が鮮明で髪の毛1本(?)まで詳細に写るというような事ばかりが話題になるが、私としてはむしろハイビジョン特有の空気感とか特にモノクロにした時の影の奥深さ、それから生まれる立体感が好きだ。そこでハイビジョン撮影になってからもカラーとモノクロを混在させた手法は変えずにロサンゼルスで撮影した。ロケ場所は特にチェットがそのキャリアを花咲かせた50年代のアメリカ西海岸をイメージしたのだ。 西海岸といっても当時流行っていたアレンジが中心のいわゆるウエストコースト・ジャズの演奏形式を意識しているわけではなく、あくまでもチェット・ベイカーやジェリーマリガン達のあのサウンドが放っていたロマンチシズム、カリフォルニア特有の明るく開放的でしかしどこか破滅的で刹那なムード。その後のテクノスフィアを予感させる様な漠然とした、しかし明らかな希望。そんな、人間の歴史上の最も輝ける瞬間を今、井上真紀というボーカルの稀なる逸材を擁するラブ・ノーツなりの解釈で演奏しているのだ。勿論ミュージシャン達は全員が日本人なのだけれど、その部分にこそこの番組の本当の価値がある。(実はジャズという音楽のアメリカの民族音楽的価値ではなく、そのコスモポリタニズム的価値を将来的に表現・継承して行くのは他でもない日本人であると、僕は本気で思っているのだ)この番組における個々のプレイヤーの資質…世界中どこを探しても、こんなにスポンテニアスにリリカルに僕の思い描く番組の世界を表現してくれるミュージシャンはラブ・ノーツのメンバーをおいて、そうはいるものではない。技術をひけらかす事なくひたすら「美しい音」を紡ぐ職人達。それが僕の好きなプレイヤーの姿だ。撮影もそのほとんどがワンテイクの録音で進んでゆく。その場で美しいハーモニーとメロディが紡ぎ出される瞬間瞬間がハイビジョンカメラに収録され、TVで放映される・・・それほどスリリングな事が他のどこにあるのだろうか。 曲間に挿入されるトークは僕らの友人でもある映画監督、デボラ・アン・デスノーを招いて井上真紀と「女同士」のたわいのない話をしてもらうのだが、彼女達はジャンルは違うがお互いにクリエイティブな仕事をしているので、そのトークはいつも興味深く尽きる事がない。特に事前に話題も決めないし元々台本もないわけだから、たいしたものだな、といつも思う。 そして今回のシリーズで特に嬉しかったのは、LA在住で実際にチェットの専属ピアニストでもあったフランク・ストラッゼリが、この番組の趣旨に共鳴してくれて、エピソード#8で一緒に演奏してくれたことだ。映画「Let's Get Lost」のサウンドトラックの再演とも言うべき彼独特の音色を存分に聞かせてくれたピアノの演奏だけでなくトークでは映画出演の際の秘話(?)も含めてとても興味深い話をしてくれた。僕はこの番組のテーマにチェットが最晩年「Let's Get Lost」の為に吹き込んだ美しい曲「Moon and Sand」の我々のバージョンを使ったのだが、実はこの曲をチェットに歌わせたのはフランク・ストラッゼリその人だった、という事がインタビューで明かされたり・・・。この事実は我々にとって本当に衝撃的だった。 さて、その映画「Let's Get Lost」の監督である写真家のブルース・ウェバー・・・。大巨匠を私の話しに引っぱり出して失礼かも知れないが、実はブルース・ウェバーと僕には少しばかり共通点がある。お互いに、チェットの音楽に心酔し、50年代Pacific Jazzのレコードのジャケットに表現されたモノクロ写真にパステル系のタイポといったイメージ、ビル・クラクストンやハーマン・レナード達のジャズ写真家の作品が好きなこと。そして何よりも、我々は日本とアメリカという場所こそ違うが1986-7年という同時期にチェットと個人的に知り合い、彼の死の直前までそれぞれ彼自身と連絡を取っていた事だ。勿論ブルースは僕より一まわり近くも年上で、全世界が注目する写真家。僕はといえば無名の日本人ラッパ吹き兼プロデューサーだ。併記すること自体がナンセンスと思うが、中には僕の作る映像が何かブルースの映画を素に作られているように感じる人がいるらしい。この際だからその辺は明確にしておきたいのだが、僕とブルースがそれぞれプロデュースする作品の大きな相違点は、ブルースの映画があの独特のモノクロ反転フィルムの究極の「美」で自分の興味ある人物を「映画作品」として表現しようとしているのに対して、僕の方はチェットがその音楽をとおして教えてくれた、ジャズ・スタンダードの「美」=「メロディと歌詞の奇跡的な出逢い」を今の日本人に伝える「情報番組」であって、それは全く異なる想いなのだ。あえて共通点があるとすれば、チェットイズムとでも言うべき「モノクロームの肖像」というイメージをお互いの作品に暗に反映しているところ位だろう。しかし、この一見類似した手法さえ、その意味は決定的な違いがある。以前、僕は何かの記事に「もしチェットの真実により深く触れる方法を求めるとすれば、それは客観的に彼の「生き方」を鑑賞するだけでなく、むしろ彼が人生の中で唯一手を抜かないでやり通したその音楽に、眼を閉じて「心」で共鳴してみることではないか」というようなことを書いた記憶がある。僕にとっては「モノクロ映像」という手法は即ち映像を見ながらして「眼を閉じる」ということなのだ。 私は幸運にも日本人としてチェットに出逢い、彼と2人で並んでトランペットを演奏し、延々と続いた8小節交換のバトル演奏の中で彼の音楽の「本質」の一角に触れる事が出来たと思っている。その演奏中、眼を閉じてトランペットで交わした言語を超えた会話の内容は僕とチェットだけの秘密である。これは天下のブルース・ウェバーでも知ることは出来まい。私の演奏活動、制作する作品は全て、そのチェットとの音の会話からヒントを得た今の日本人に向けたメッセージなのだ。我々はこれからもラブ・ノーツというジャズ・プレイヤーを核としたユニットで、パフォーマンスを継続してゆく。ラブ・ノーツの音楽は、音楽に詳しいリスナーから見るとジャズだけでなく様々なジャンルの音楽を演奏するユニットに映る。それはパフォーマンスの素材をボーダーレスに様々な音楽から求めているからなのだが、重要な事は我々が目指しているのは「どんな音楽」を創造するかという事と同じくらい「音楽をどう」聴かせて、見せて行くかということを常に提案してゆくということなのだ。ある人達にとっては我々のパフォーマンスにおける異ジャンルの聴覚と視覚のコラージュ的やり方に戸惑いを感じる方がいるかも知れない。しかしそれはラブノーツの演奏するジャズのいち形態なのであり、それはブルース・ウェバーのパッチワーク術と同様に、チェットが示した音楽表現の「美」の秘密を今現在に解き明かしてゆくために、我々が選んだ独自のスタイルなのだ。 最後に、チェットが死の直前にあるインタビューで発言した言葉を紹介したい。 「この先もジャズが死に絶えるとは思わないな・・・。これは自分自身を表現するのにいいやり方だからね。ジャズに支えられて僕は40年トランペットを吹いてきたんだよ」
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新作CDアルバム「キラウェア」マスタリング完了!!
Date: 2005-07-16 (Sat)
お待たせしております新作アルバム「KILAUEA」がほぼ完成しました! 何とか発売日に間に合わすべく、最終マスタリング作業を終えたところです。 今回のCDのカテゴリー上の位置づけとしては「アロハのこころ」「ハワイアン・ララバイ」「アイランド・マジック」に続くラブ・ノーツのハワイアン・アルバムということになりますが・・・録音当日、みんなで四谷のスタジオをロックアウトしてわいわいやりながら、久々の楽しいレコーディングとなりました。特に今回心強かったのは天才ビックリくり・栗本センセのほとんど献身的ともいえるアイデア出しのご協力。しまいには、まっちゃん、栗本、Hiro川島プラスなんと!バーニー田辺の4人による男性ボーカル隊のバック・コーラスが遂に永遠に記録されてしまった(タージ、早く帰ってよかったね)というオマケ付きで、これはもう、これ聞いただけでも単なるハワイアンで括る事の出来ないジャンルを超えたラブ・ノーツ!混ぜ物、遺伝子組換え一切なしの純粋アコースティック・サウンド、ということをお察し頂けるのではないか・・・と思います。もはや準メンバーともいえる織絵ちゃんのチェロもBeautiful!、それに誘発されたバーニーのギターも炸裂!勿論マギーも絶好調で13曲を一挙に歌いきり、当初ミニ・アルバムという企画がなんと予定の倍近い曲数となって・・・でも税込み2000円!というなんともラブ・ノーツらしいというか良心的、というか、お釣りが要らない、というか、ま、そんなこころ温まるお値段設定ではあります。 今回のアルバム、勿論全曲に聞きどころはちりばめられているのですが、やはり何といっても井上真紀の作詞・作曲による「ヘモレレ・オ・キラウェア」と、ボサとサンバの2バージョンを収録した「ワンダフルワールド・オブ・アロハ」は必聴。それに加えて「はなまるマーケット」や「常夏ガール」に出演した際にも取り上げた「ケア・ヌエ・ヌエ」をはじめとするフラソングの名曲も多数取り上げ、更にはなんとマギーとカレイ・レフア・マカマエ(総勢20名)による「キラウェア」のチャントまで、ほんとにバラエティに富んだ構成になってます。まさにJazzを基本としたラブ・ノーツの広いファン(?!)の皆様から、フラソングを愛してやまない純ハワイアン・ファンの皆様まできっと充分に楽しんで頂ける新作CDアルバムとなったのでは、と自負しております。皆様、是非一度お聴き頂ければと思います。8月5日発売です。で、この発売日当日にSTB139でライブもやります。是非お誘いあわせの上ご来場ください!!
Message to Hiro
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